伊勢丹のカワウソ2017年08月18日

 昨日の午前、たまたまネットで琉球大学の対馬でカワウソ発見の記者会見を見た。ツシマヤマネコの監視ビデオに写った映像だ。
 南米のガラパゴス島の海イグアナは南米大陸から流木などに乗って漂着したようだから、対馬のカワウソも韓国あたりから漂流物に乗ったりしてやってきたに違いない。
 小学生の頃に新宿の伊勢丹デパートの屋上でカワウソを見たのを思い出した。
 当時のデパートの屋上は遊園地、動物園のようだった。池のある檻にカワウソが10匹はいたと思う。牛乳瓶にどじょうが入ったエサが10円で売っていた。それを買って手にとって雨樋のような投入口から流し込もうとするとカワウソが群れて寄ってきて大変な騒ぎになる。フェイントをして、ちょっと離れたほうのエサ投入口へ移って入れたりした。カワウソは雨樋の排出口に口を開けてエサを受ける。バリバリとどじょうを砕き血が口から飛び出る。カワウソのウンコの臭いと水しぶきがかかるほどの騒がしさを思い出す。
 伊勢丹のカワウソはニホンカワウソだったのだろうか。そうならば、デパートの屋上で見世物の扱いをしていたのだから絶滅したのもやむおえない。

日本列島 濱谷浩2017年08月17日

 ノスタルジーに誘われ、1964年、東京オリンピックが開催された年に発行された、濱谷浩の写真集「日本列島」を古書で手に入れた。
 ほぼA4サイズの週刊誌のようなグラビア印刷の薄めな本で、当時は600円だ。熊本の古書店で1,000円+164円の送料で買った。北海道から沖縄の石垣島までの自然の姿が、ほとんど空撮の写真で111枚ある。
 実は、この本は所有していた。1964年当時に書店では平積みされていたものだが買い逃したため、6年後ぐらいに古書店で300円ぐらいで買った。それから数年後、東京へやってきたスウェーデン人に日本の土産としてこれを贈呈した。
 そして今になって、また、そのページを見たくなったのである。市立図書館に蔵書としてあったが閲覧のみで貸出はないから買うことにしたのだ。
 発行されてから53年経過しているページはさすがに色の鮮やかさが失せている。でも、これだけの色失せならば、この本の保存状態がよかったのだといっていい。
 写真家、濱谷浩のスタイルがあり、写真に人家や人は見えない。日本列島の風景はあっけらかんとしている。
 日の出直後、日没の燃えるような派手に赤くなる山の写真を撮ろうとする白川義員とは異なっていて、日々の、見慣れた風景として撮っているのがいい。
 観光用を目的としての撮影ではないからか、尾瀬を撮った写真には水芭蕉が咲いていない。私は一度だけ尾瀬ヶ原へ行ったことがるが、水芭蕉の時期ではなくて、このような感じだった。水芭蕉の時期は短いのだ。また燃え上がるような赤い山も滅多に見ることができないものだ。
 紅葉の写真も地味である。
 人工物を撮っていないからか、53年前との差異を感じることはない。
摩周湖
尾瀬ヶ原
摩周岳 火口底針広混合林

五島うどん2017年08月16日

 長崎県の五島列島で作られる細い手延うどんは歯ごたえよく、腰がありおいしい。拙宅では常備している。300gのパックが299円と、スーパーのルミエールでは安い。
 今の季節は、ざる蕎麦のように食べるといい。五島うどんの特徴として、手延の作業のときに椿油を使う。だが、麺が油っぽいということはない。その油の効果なのか、濡れた麺はしばらく乾かず、麺同士がくっついたりしないから食べやすい。

私の TOKYO STYLE2017年08月15日

 1993年、TOKYO STYLE という大冊の写真集が発売され、大きな書店では平積みになっていた。当時の下宿、賃貸アパート、一軒家の、人々が住まわっている部屋を撮ったもので、住人は写っていない。いかにも、日本の都会の、日本人の住まいの特徴が、散らばっているゴミ、チリ、煙草の吸殻と一緒に詳細に見える。そのために4×5のカメラで全ての写真が撮られている。
 書店で何度か私は手にとってページを開いて写真を見て、欲しいと思ったが、買わなかった。12,000円と高価だったからだ。(裏表紙の価格を見てほしい。当時は3%の消費税だった)
 それから24年後のきょう、古書店に注文した TOKYO STYLE が届いた。送料込みの価格は 3,780円だった。
 本屋で立ち見をしただけで、全部の写真を見てはいないから、この際、買ってみたのだ。1990年代初頭の個人の部屋の写真は、かえって、その時代よりも、今見たほうがいいに違いないと思ったのだ。
 比較的、小ざっぱりした趣味人の部屋のページを見ると、窓脇の机の上にMacintosh Ⅱの Cx だか Ci だかが乗っている。1990年あたりの発売のものだ。私も自分の仕事場の机の上に乗っていた。他のページの多くの写真では、レコードとCDが混在していたことが見える。人はいなくても部屋にある物の存在が時代と人を見せてくれる。

 この写真集を見たからではないが、私は1993年9月から4×5の写真をやりだした。それで試し撮りをした中に、私の一人住まいの東京都江東区の部屋の写真(1994年撮影か)がある。
 椅子の背もたれにピントを合わせているだけで、アオリ機構を使って撮っていないから、手前、奥はピントが外れている。それでも、写っている物には見覚えがある。私の前のテーブルに煙草とライターが置いてある。この頃は煙草を吸っていて、その銘柄はマルボローライトだった。後ろのテーブルに茶色の縦長のボトルが置いてある。VOLS というオランダの芋焼酎だ。
 逆方向から写したものには、パイオニアの大きなスピーカー、Sony の1992年発売の32インチのブラウン管ハイビジョンテレビ、1994年発売のビクターのアナログのハイビジョンテープレコーダー HR-W1 などがある。
 これが私の TOKYO STYLE だった。