ジョージ・オーウェルの「1984年」2017年04月29日

 イギリスの作家、ジョージ・オーウェル(1903--1950)の、まだ私が生れていない1949年に刊行した近未来小説「1984年」原題(nineteen eighty-four)が、今、読まれているという。
 その理由は、いまだに残る全体主義、共産主義国でなくとも、エドワード・スノーデンが内部告発したように民主主義国アメリカの組織的な盗聴の手口、いたるところに監視カメラが設置されいる、国家、政府が個人のプライバシーを奪う、今や、オーウェルの描いた世界と同じになっているとの危機感によるものだ。
Big Brother is watching you なのだ。
 ラジオでその情報を知った妻は、福岡市図書館から「1984年」を借りようとしたが、既に、6人の予約が入っていた。それで、電子ブックのコレクターである私に「1984年」を持っていないかと聞いてきた。私は40年前に紙の本で読んだっきりで、その本は処分してしまった。
 ネットで探してみると、オーストラリアのプロジェクト・グーテンベルグに英語版が、日本語版は大阪の方が個人で公開していたのを見付けた。
 一九八四年→【ブラウザで読む日本語版】
 1984(Nineteen eighty-four)→【ブラウザで読む英語版】

 せっかくであるから、日本語版の全3部をコピペして、青空文庫仕様で整形して妻のiPadに入れてやった。私は3章余りを読んでみたところ、たいへん読みやすい。いい日本語訳だ。
 それで気付いたことだが、オーストラリアのプロジェクト・グーテンベルグは、文頭の字下げをしない代わりに、改行したら一行を空けている。日本語版もそれにならっている。読みやすい。ネット上での配布においても利点があると思う。字下げをしない谷崎潤一郎の小説も、こうしてみたいものだ。以下に、そのスタイルを示した。

 第一部、第一章の最後の部分。

For a moment he was seized by a kind of hysteria. He began writing in a hurried untidy scrawl:

theyll shoot me i don't care theyll shoot me in the back of the neck i dont care down with big brother they always shoot you in the back of the neck i dont care down with big brother

He sat back in his chair, slightly ashamed of himself, and laid down the pen. The next moment he started violently. There was a knocking at the door.

Already! He sat as still as a mouse, in the futile hope that whoever it was might go away after a single attempt. But no, the knocking was repeated. The worst thing of all would be to delay. His heart was thumping like a drum, but his face, from long habit, was probably expressionless. He got up and moved heavily towards the door.
少しの間、彼はヒステリー症状に襲われた。そして彼は急いで乱れた走り書きを書き始めた。

やつらは私を撃つだろう知ったことかやつらは私の首の後ろを撃ち抜くだろう知ったことかビッグ・ブラザーを打倒しろやつらは決まって首の後ろを撃ち抜くのだ知ったことかビッグ・ブラザーを打倒しろ……

彼はいすにもたれかかり少し恥ずかしく思いながらペンを置いた。次の瞬間、彼は驚いて息をのんだ。ドアがノックされたのだ。

早くもか! 誰だか知らないが諦めて立ち去ってくれないだろうかと空しい希望を抱いて彼はネズミのように息を潜めた。しかしだめだ。ノックは繰り返された。一番まずいのはぐずぐずすることだ。心臓は早鐘のように打っていたが長い間の習慣からその顔は無表情のはずだった。彼は立ち上がると重い足どりでドアに向かって歩いていった。