活字の世紀2017年05月23日

 福岡県立図書館から借り出した本は、「活字の世紀」と題された印刷会社の精興社が創立100周年で記念として2013年に出版したものだ。非売品であるが全国の県立図書館に献本されているから借り出せたのだ。企業の社史のような非売の本は県レベルの図書館へ献本するのが通例なのかもしれない。
 私が勤務した会社も創立50周年の時に大きな分厚い2冊組の社史を発行し社員に配布しことがあった。技術、製品一辺倒の内容で興味が湧かなかった。読みもしないし場所もとるから、福岡に引っ越すときに処分しようとしたら、欲しいという人がいて譲った。試しに福岡県立図書館でその本を検索したところ所蔵されていた。
 この本を読みたいと思ったのは、3年前に買った古書の「谷崎潤一郎全集」が精興社の活版印刷だったからだ。精興社明朝活字による印刷は50年経た今でも鮮明できれいだ。いい品質の印刷をする会社の成り立ち、アート(芸術)と思える活字を作った種字彫刻師を知りたいと思った。
 精興社を創設したのは白井赫太郎しらい かくたろう(1879-1965)という人で、印刷の品質をよくするために、自社独自のデザインの活字(今でいうところのフォント)を作ろうと、種字たねじ彫刻師の君塚樹石きみづか じゅせき(1900-1970)に依頼した。
 君塚は、1928(昭和3)年から四年ほどかけて四種で4万本以上の種字を作った。(右の写真を参照:第二章 種字彫刻師)
 以下、「活字の世紀」より引用、
「結局、原稿に書かれている活字がないときは、木版というか木活もっかつというのを彫ってもらって埋めていかないと、とくに古典などの本は印刷できないわけですよ。それで頼みに行くのだけれど、君塚さんは頑固な人で、おまけにいつも一ヶ月ぶんぐらいの仕事が溜まっている。精興社の急ぎの仕事だからといっても、なかなか彫ってくれないのです。だから、うちの社では三人ぐらい担当がいて、入れかわり立ちかわり、注文の字を彫ってもらおうと待っていました」(本文197ページ~198ページ)
 酒が好きな樹石は、脳出血で倒れる前は、柳橋や神楽坂にもよく出入りしていたという。いつも和服姿で女性にもよくモテた。神田の街を愛し、神田祭の前後一ヶ月ほどは気もそぞろ。まったく仕事をしなかった。長男の正和はいう。
「仕事をすればお金は入るのに、気が乗らないと仕事をしない。二本ぐらい彫れば一日生活ができるというのにね。その代わり、気が向くと、朝から晩まで、さらに徹夜で仕事していました。一種の天才だったと思います」(本文304ページ)

 活版印刷の最盛期は1960年代といわれているから、1966(昭和41)年から発行された「谷崎潤一郎全集(没後版)」は活版印刷本の頂点といっていいだろう。その頃からオフセット印刷への転換が始まっており、1995(平成7)年に精興社は活版印刷を完全にやめた。
 ホットタイプ(鉛板)からコールドタイプ(電算写植)への転換は、新聞社を題材にした「メディアの興亡」が有名だ。
「活字の世紀」の本は、オフセット印刷に違いないが、気のせいか、紙質と相まっての薄めな印刷の感じが活版印刷のように見える。
 プロの作家、田澤拓也が書いていることもあるが、某社の退屈な社史とは異なり、本の「美」を追うドキュメンタリー、「♪地上の星」的な人間臭い内容で楽しく読めた。昭和という時代へのノスタルジーがたっぷりだった。

金色の死 谷崎潤一郎全集(その25)2017年04月27日

 富豪の岡本君が金に飽かして箱根に作った、彼のいうところの「芸術の園」がどんなものか見せられるのであるが、私としてはスペインのプラド美術館にあるボッシュの三幅対の絵「快楽の園」をイメージしてしまう。
 岡本芸術は、今でいうところの温泉を含むテーマパーク、彫刻の森、デズニーランドみたいなものだ。今の箱根、伊豆にはそのようなものもあるし、四国には大塚国際美術館という贋作だけを並べた美術館が人気だ。103年前に書かれた「金色こんじきの死」は今現在を見据えていた感がある。
 谷崎潤一郎は「金色の死」を好まず、生前は全集に入れなかったが、没後は、死人に口なしとばかりに、夫人へ宛てた恋文とともに全集に収録された。

「私は将来文科大学を卒業して、偉大な芸術家になるのだと揚言して居たのです」
と「金色の死」の文中にある。芸術という語は明治になってできたという。
「末は博士か大臣か」と同じように、当時は、偉大な芸術家になって、日本の文化を盛り上げ、西欧文化に負けまいという機運があったのだろう。

 谷崎潤一郎の有名な、松子夫人に宛てた昭和7年の恋文では、
「私にとりましては芸術のためのあなた様ではなく、あなた様のための芸術であります、もし幸ひに私の芸術が後世まで残るものならばそれはあなた様といふものを伝へるためと思召して下さいまし 勿論そんな事を今直ぐ世間に悟られては困りますがいつかはそれも分る時期が来るとおもひます、さればあなた様なしには私の今後の芸術は成り立ちませぬ、もしあなた様と芸術とが両立しなくなれば私は喜んで芸術の方を捨てゝしまひます」(谷崎潤一郎全集没後版第二十四巻の295ページ)
と、まあ、「芸術」がたくさん出てくる。
 本人がいっているように、谷崎の書く小説は芸術であって、谷崎は芸術家なのだ。芸術という言葉が生き生きとしていて愛の告白にも使えた時代だ。
「芸術家は、自身の芸術活動が社会的に広く認知された状態にある人を指す」ウィキペディア
「芸術は爆発だ!」といった方も亡くなり、今は、芸術を「アート」と英語でいうことが多くなった。それはいいが、普通の歌手ばかりなのに「人気アーティスト(歌手)ランキング」などと、いったりする。
 明治以来の目的は果たされたと共に、芸術という言葉は古びてしまった。
  金色の死(html版) → konjiki_no_shi.html
  金色の死(テキスト版zip圧縮) → konjiki_no_shi.zip

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台所太平記 谷崎潤一郎全集(その24)2017年04月22日

 数日前にNHKのニュースの中で、家事代行サービスの要員としてフィリピン人が日本で働いているのをやっていた。かつての日本の女中さんは、家に住み込んで奉公したのだが、それとは違って通いのパートタイムだ。
 日本の女中さんは遙か遠い過去のものだ。私が子供の頃、隣の家は主人が製粉工場の重役をしていて裕福で、女中さんを使っていた。私などの世代が「女中」の最後の目撃者といえる。
 谷崎潤一郎が雇っていた女中のことを書いた「台所太平記」は、今や「世界の記憶(世界記憶遺産)」であろう。「台所太平記」以前の「細雪」の中にも女中が描かれており、その仕事ぶり活躍ぶり、また、主人らが女中の勤務評価をする場面もあったりして当時の様子が分かる。
「谷崎万華鏡」にも「台所太平記」がマンガとして書かれている。
 書いたのは山口晃という画家で、これが他のマンガを圧倒するほどレベルが高い。
 20ページの中で「台所太平記」の全容を書いていることに驚いた。「台所太平記」を読んだ私がイメージしていた物語の登場人物がほぼ同じで、ビジュアル的に楽しめる表現になっている。山口晃のデッサン力がいいのだ。
 主人である千倉磊吉ちくららいきち(谷崎潤一郎)は何故かウサギの帽子をかぶっているのがおかしい。
 登場する女中たち、初(豊満)、梅(コケシ人形)、鈴(美人)、駒(花王石鹸顔)、銀(眼美人)の特徴がよく描かれている。性格が悪く傲慢な女中の百合(それだから谷崎が贔屓にした)、その盤台面ばんだいづらを見たかったが、百合のストーリーはマンガでは割愛されていたのは残念だった。
 実際の谷崎潤一郎、松子夫人と女中さんたちの写真→
 登場する人物の顔や姿だけではなく、描かれた背景、舞台がその当時の雰囲気で描かれ、見事というしかない。
「谷崎万華鏡」は700円で買ったものだが、山口晃の描くところの「台所太平記」だけで、元をとった感じだ。
「台所太平記」は谷崎潤一郎全集(没後版)の十九巻にあり、それを旧字旧仮名で入力作業を行い青空文庫に送ったが、入力者校正をろくにしなかったために品質がとてつもなく悪く、青空文庫のスタッフから注意を受け私は落ち込んだ。
「やり直し!」と突き返されることはなく、現在、校正待ちで工作員を募集している。入力間違いはたっぷりあるから、発見は容易で、やりがいのある校正作業ができ達成感を得られることを保証する。楽しみたい方はぜひ志願して頂きたい。→谷崎潤一郎 作業中作品一覧

 青空文庫に提出した「台所太平記」ファイルを、さらに自ら見直して校正しようという気はない代わりに、この際だからと新字新仮名版に換えてみた。旧字旧仮名→新字新仮名にするのは割りと簡単なのだ。
 以下が、その新字新仮名版の「台所太平記」です。入力間違いはかなり改善したものの、まだあるでしょう。それをご承知の上でお読みください。
  台所太平記(html版) → daidokoro_taiheiki.html
  台所太平記(テキスト版zip圧縮) → daidokoro_taiheiki.zip

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谷崎万華鏡 谷崎潤一郎全集(その23)2017年04月21日

谷崎潤一郎の没後50年の全集発行で、ネット上でのキャンペーンとして「谷崎万華鏡」というマンガによる谷崎潤一郎の作品紹介をしていた。キャンペーン中は11編のマンガの全部のページを見れたが、今は冒頭の2ページのみになり、その代わりとして単行本になり、1,080円で発行されたのは昨年だった。見逃したところもあったので、ネットの古書店に出ているものを、700円(送料込)で買ってみた。
 マンガで谷崎潤一郎の作品を紹介して、本の拡販につながればという狙いであろうが、大概のものを読んでしまっている私には面白いものではなかったものの二編はよかった。
 1編は、中村 明日美子なかむら・あすみこの「続続蘿洞らどう先生はよかった。このとき私はまだ「蘿洞先生」、「続蘿洞先生」は読んでおらず、このマンガがきっかけでその二つを没後全集で読んだ。
 マンガの「続続蘿洞先生」は中村明日美子が続編として作ったもので、谷崎潤一郎の原作があるわけではない。そのことで、谷崎潤一郎の「蘿洞先生」、「続蘿洞先生」を読みたくなる効果を出した。いいアイデアだ。
「続蘿洞先生」では、蘿洞先生は、とある劇団の障害をもった美人女優の生野真弓と結婚をして終わる。「続続蘿洞先生」では、真弓は結婚の2年後に死亡していて、弔問に行った雜誌記者は蘿洞先生から真弓の形見の品を渡され、私が亡くなったときに私と一緒にこれも焼いてくれるように、と頼まれる、といった筋である。
 小さな箱に収めてある、その指のようなものはなんなのだ? とタネを明かさずマンガは終わる。気になるから「蘿洞先生」、「続蘿洞先生」を読みたくなってくるではないか。

 興味を持たれた方は、以下に「蘿洞先生」、「続蘿洞先生」の全編をzipファイルとhtmlファイルで置いてありますから、ダウンロードしてお読みください。
  蘿洞先生 → rado_sensei.zip
  続蘿洞先生 → zoku_rado_sensei.zip

 本文は青空文庫様式で作ってありますが、青空文庫のものではありません。私が勝手に入力したものです。文字入力間違いもありますことをご了承の上、お読みください。

 今のブラウザで読みたい方は、html版をどうぞ。
  蘿洞先生 → rado_sensei.html
  続蘿洞先生 → zoku_rado_sensei.html


 ブラウザ上で縦書きで読みたいという方には、電子書籍リーダー「えあ草紙」をお勧めします。(Adobe Flash Playerが必要)
 縦書き表示のみならず、文字の大きさを変られ、ふりがな、傍点、踊り文字もちゃんと表現されるから読みやすい。
 「えあ草紙」のページを開いたら、作品のURLのボックスに、以下のようにzipファイルのURL、
http://www.ne.jp/asahi/galapagos/hiro123/novel/rado_sensei.zip
を入れます。(コピー&ペーストをすればよい)
「えあ草紙で読む」ボタンをクリックするだけで解凍してくれ、作品の本文が表示され、ページめくりができます。


 次回は、「谷崎万華鏡」で2つ目に面白かった「台所太平記」を紹介し、谷崎潤一郎の「台所太平記」をこれと同じようにダウンロードして読んで頂けるように設えます。

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