Catch Me If You Can2018年06月20日

 NHK BSでやっていた2001年の映画「Catch Me If You Can」を観た。小切手詐欺師の話で面白かった。
 実話だというから、詐欺師であったフランク・アバグネイルの本を図書館で借りて読んだ。映画を観てから原作を読むことで二度楽しめた。
 彼は私より2つ年上で今も健在、犯罪歴は、16歳から21歳にかけてだった。日本では流行らなかったが欧米では主流の決済手段だった小切手を複製して金を搾取した。21歳までにアメリカ、世界各地で稼いだ金額は 250万ドルだ。当時、1ドルは360円だったから9億円である。
 トラベラーズチェックは別にして、小切手というものを私が使ったのはオランダに住んだ頃からだった。口座にある金を現金化するには、その口座のある銀行へ行けばできたが、旅先、違う国では銀行、両替所などで小切手を使ってサインをしてその国の通貨にした。イギリスでは光熱費の支払いは請求書が郵送されてきて、その金額を小切手に書いてサインをして送った。口座振替ではなかった。
 通帳なるものはなくて、数週間に一度ぐらいの頻度で出納歴が手紙で郵送されてくる。私はそれから使った金額を計算し手書きをして最新の残高を確認していた。
 現金に慣れ親しんで育った私は小切手を使って小売店で物を買ったことはない。私にとって小切手は怪しい信用のならぬものだった。今のクレジットカード、デビットカードになってよかったと思う。よって「Catch Me If You Can」の世界は昔話になったが、その世界を一時通過したことのある高齢者にはノスタルジーを感じるものだ。
「Catch Me If You Can」と題しているが、フランク・アバグネイルは1969年にフランスで捕まり、ペルピニャンの刑務所に入れられる。その刑務所たるやアンリ・シャリエールの「パピヨン」の世界なのだ。窓はなく明かりとりの穴も一切ない真っ暗な地下牢に素っ裸で留置された。ベッドなどはなく石の床と壁、糞尿を入れるためのバケツ以外は他は何もない。糞尿は滅多に掃除してくれず溢れ出しウジ虫が蠢いている、食事はパンと水かスープだけ。半年いた。当時、フランスでは犯罪者を更生させようという考えはないのだ。
 私は監獄もの、脱獄ものの話は大好きであるから、フランク・アバグネイルの「Catch Me If You Can」を読んで、さらに得をした。実際に彼はアメリカへ護送される旅客機のトイレの便器を外し、着陸直後の滑走路に降りて脱走。アメリカの刑務所からも脱走する。
 彼のような犯罪が出てから金融関係のセキュリティは厳しくなり、かつ、ハイジャックが多発したから搭乗前にはボディチェックをされるようになった。
 アバグネイルは詐欺罪の調査を助けるために連邦当局で働くことを条件に5年弱で出所し、その後、セキュリティ・コンサルタント業で成功する。

Earthrise(地球の出)2018年06月07日

「月をめざした二人の科学者」を読み終えた。
 二人の科学者とは、ドイツでV2ロケットを作ってアメリカに投降しサターンVロケットを作ったフォン・ブラウンとソ連のロケット開発を進めたコロリョフだ。ロケット開発の歴史、戦後の月をめざす宇宙競争の歴史が書かれている。日本人が書いて2000年12月に発行された本だが、2005年にBBCが制作し放送した「Space Race」の原作本であるかのようだ。
 小学校の頃に人工衛星が地球を周り、二十歳になる前に月面歩行が実現したのを自分の成長とともに見てきた私のような人間向きの本だ。その当時は分からなかった詳細なことが書かれている。特にソ連の宇宙開発は秘匿されていたから初めて知ることばかりだ。
 フォン・ブラウンは1945年5月3日にアメリカに投降した。NHKのドキュメンタリー「ロケット開発史」を観るとその際の映像では左腕にギブスをつけている。骨折したようだが、NHKのナレーションでは説明がない。実際は、その1ヶ月前に運転手の居眠り運転のために灌木に突っ込んで骨折していたと「月をめざした二人の科学者」書かれている。
 コロリョフの人間性も書かれていて、妻が医学の道を志すため別居したところコロリョフは秘書の一人と不倫をして、結局、離婚、コロリョフは秘書と再婚をする。
 機密保持のためにソ連はコロリョフを隠していたから、やっと名前が国際的に出たのは1966年の死後のことだ。ソ連の体制が崩壊したのは1991年でそれまで機密扱いだった宇宙開発に関する情報がだんだんと世に出て、この本が書けるようになったのだろう。
 アメリカの巨大ロケットエンジンの技術もソ連があるうちは秘匿されていたから、詳細なエンジンの構造などが分かったのは冷戦が終わってから以後のことだったろう。
 We Choose to go to the Moon とケネディ大統領がいった1962年から、巨大なサターンVロケットを作り、1966年に完成、1969年7月20日に実際に月に降り立った。ほんの7年間のことだ。今から思うと、なんとも速いスケジュールではないか。

 この本でも触れられている超有名な Earthrise(地球の出)の写真は、1968年12月24日、アポロ8号の月周回飛行中に70mmのフィルムの入ったハッセルブラッドで撮られた。初めて人間が月を周回した時だ。
 地球はなんとも、にぎやかな星ではないか。
 この写真は、NASAのサイトで3000×2400の画素数で公開されている。
 1969年、アポロ11号で初めて月面に降り立った。その後、1972年のアポロ17号でアポロ計画は終わり、以後、人類は地球を周る軌道外に出ていない。宇宙への熱い競争は終わったのだ。
 最後のアポロで撮られた地球の写真を「The Blue Marble(ザ・ブルー・マーブル)」と呼ばれて、これも超有名だ。アラビア半島からアフリカ、マダガスカル島、そして南極まで見える。
 これまでの無人の探査衛星によって、どうやら太陽系では、地球以外は生き物のいない荒涼たる星々であるようだ。NASAの有人火星飛行は2027年以降といわれているが、あと9年以降だ。それには熱い競争はない。
 私としては、来年、アポロ11号から50週年であるから、記念の著作物、模型、おもちゃなどが出てくるのではないかと楽しみにしている。

ビックバン宇宙論2018年04月20日

 カメラのズームレンズを望遠鏡にしたもので、久しぶりに木星、土星を観ると、宇宙の本を読みたくなり、前から気になっていたサイモン・シンの「ビックバン宇宙論」を図書館から借りてきた。
 原題は、「Big Bang: The Most Important Scientific Discovery of All Time and Why You Need to Know About It(ビッグバン:いままでの最も重要な科学発見、それを、何故あなたは知る必要があるのか)」で2004年にイギリスで発行された。日本語訳は2006年に出版され、すでに12年たっている。
 数日で上下を読み終えた。子供の頃から今まで読んできた宇宙や星に関する本の中で一番面白かった。楽しい時間だった。
 私の「明日がなくなる日」が「昨日がなかった日」よりもかなり近くなっているうちに、そしてこの内容をまだ理解できるうちに、この本と出会えてよかった。
 私は幸いにも、パラダイムシフトの時代に居合わせたのだ。(paradigm shift:その時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的にもしくは劇的に変化すること)

 この本、20世紀からの天文学的発見からビッグバン宇宙の認識に至ったと性急に話を始めるのではなく、古代、ギリシャの昔から、コペルニクス、ケプラー、ガリレオと歴史をたどって書き進めていく。復習というより、私の知らなかった人物が出てきたりで初めて知ったことが多い。
 そして光の速度とは何か、から始まり、1905年のアインシュタインの特殊相対性理論が出てくる。それ以前のニュートンへの記述は少ない。
 以後、静的で永遠な定常宇宙か、宇宙が高温・高密度状態で誕生して膨張しながら現在の姿になったとするビッグバン宇宙かの2つの宇宙観がしのぎを削る。
 宇宙の創生への探求は20世紀の初めに始まり、ソ連から米国に亡命した理論物理学者ガモフは宇宙創生の証拠である「宇宙背景放射」を予言した。
 そして、1964年、背景放射は天の川銀河外のあらゆる方向からやってくる電波(マイクロ波)としてペンジアスとウィルソンによって偶然に発見された。
宇宙背景放射(CMB:Cosmic Microwave Background)
 ビッグバンの後しばらくの間は電子と光子が衝突し合って光が直進できない時代があったと考えられている。ガモフは、宇宙誕生から38万年たったころには宇宙が冷えてきて、素粒子から水素原子がつくられて光が直進できるようになると考えた。この時期を「宇宙の晴れ上がり」と呼び、そのころの光を観測できるはずだとした。
 宇宙が膨張しているため、ガモフが予言した光の波長は赤方偏移で大きく引き伸ばされ、光ではなくマイクロ波となって観測されたのだ。
 こうして「ビッグバン論」は信じられるようになり、背景放射を発見したペンジアスとウィルソンの2人は1978年ノーベル物理学賞を受賞している。
 1989年に打ち上げられた宇宙背景放射探査衛星COBEによって「背景放射のゆらぎ」(均一であると星ができないのだ)を検出しビッグバン論の決定的な証拠となった。1992年4月23日、この発見が公表された。
 図書館本を読み終えた後、いい本だからと古書で買った。いわいる腰巻付きの本だった。そこに書いてある広告文がいい。クリックすると拡大する。

 翌日、1992年4月24日のイギリスの新聞、インディペンデントはヘッドラインで「How the universe bigan(如何にして宇宙ははじまったか)」とビッグバンが裏付けられたと報道した。ニュートン、ダーウィン、クリック(遺伝子の螺旋構造の発見)などが出た国の新聞らしいことだ。宇宙はビッグバンによってできた。21世紀になる前に結論が出た。

 サイモン・シンの本を読んだ後、たまたまNHKのBS103で再放送+新作放送をしていた、コズミック フロント☆NEXT「村山斉の宇宙をめぐる大冒険」を観た。
第一回の「宇宙の始まりを探る」では、宇宙背景放射を発見したウィルソン博士(82歳)がそれを捕らえたベル研究所のホーンアンテナを案内する。
 この放送では、宇宙の年齢は138億年としていた。現在の宇宙を構成するエネルギー比率については、「通常の物質」が5%で、まだ謎であるダークマター(暗黒物質)が27%、そして68%がこれも謎であるダークエネルギー(暗黒エネルギー)だと説明していた。ユニバース(宇宙)とマルチバース(多元宇宙)の多元宇宙論(複数の宇宙の存在を仮定する仮説)の話もあったが、もはや定常宇宙ではなく、ビッグバン宇宙が前提で話は進んでいる。

 定常宇宙だった私の小学生の頃、望遠鏡の扱いの手ほどきをしてくれた先生は「宇宙の果はないと思っている」といった。
 国立天文台のQA『宇宙の果てはどうなっているの?』では、
『宇宙が誕生したのが137億年前ですので、137億光年より遠いところを見ようとしても、そこには天体はおろか宇宙そのものがなかったのですから、なにも見えるはずがありません。そのような意味では、どの方向を見ても、137億光年の距離が「宇宙の果て」だといえます』

「アインシュタイン相対性理論が出た当時、それを理解できたのは世界に数人しかいなかった」と中学校の頃の物理の先生はいっていた。その先生の宇宙の話は面白かった。「ガモフは通俗科学者だ」ともいった。
 私は図書館にあったガモフ全集は読んでいなかったが、「ビッグバン宇宙論」を読んで、ジョージ・ガモフの性格や業績を知ることができた。立派な科学者ではないか。
 サイモン・シンの「ビッグバン宇宙論」は、古代からの、天文学者、物理学者、数学者の人となりが書かれているのがいいところだ。それは同じ著者の「フェルマーの最終定理」に通じる読みやすさになっている。