摩周湖2017年07月25日

 北海道の摩周湖の静止画像を見せてくれるサイトがある。以下は、2日前の霧の摩周湖だ。きょう(7月25日)はきれいに晴れて湖が見える。
 写真にマウスのポインタを近づけてください。
 静止画は弟子屈なびのここにあります。
現在の摩周湖

http://www.masyuko.or.jp/pc/live1.html

 6月にここに行ったのだが天気が悪く摩周湖を見られなかった。ライブビデオ映像を見ていると、なかなか晴れる日が少ないのがよく分かる。

稚内駅(北海道旅行6日目)2017年06月16日

 稚内サンホテルから駅までは歩いて1分ほどだ。
 午前6時36分発のサロベツ2号がホームに入っていた。
 2012年に新しい駅舎とビルができた。ビルにはT・ジョイ稚内という映画館がある。
 最北端の線路のプレートは駅舎とビルに挟まれたところにあった。風雨、風雪と寒さを避けて見ることができるものの、ガラスの向こうだから記念写真には向かない。
 かつては外のほうにあった。
(写真は2008年6月)
 プレートは一見同じように見えるが、よく見ると違っている。
 プレートには最南端の駅も書かれている。今は国有鉄道のない時代だから、最南端の線路は鹿児島の西大山駅(北緯31度11分)ではなく、沖縄のゆいレールの那覇空港の次の赤嶺駅では? と思った。沖縄モノレールは鉄路ではないものの日本最南端の駅だ。鉄路としての最南端は西大山駅なのだ。
 2008年の稚内駅ホーム。ホームの端に「日本最北端の駅 北緯45度25分03秒 稚内駅」と記された柱が見える。今は自動扉からホームに入るところにある。
 当時の駅舎、「日本最北端 稚内驛」と駅名プレートがあった。

 1969年、網走発の札幌行きの夜行列車に乗ったとき、ボックス席に同席した一人が鉄道ファンで「撮り鉄」であり、さらに録音機を持っての「録り鉄」だった。稚内駅で録音したという列車の発車メロディーを聴かせてくれた。
「♪蛍の光」だった。そして「♪窓の雪」だ。
「最北端の駅らしいでしょう」と彼はいった。
 稚内を出発したら二度と戻らないみたいな感じだった。

 今は「いきものがかり」の発車メロディが流れる小田急線の本厚木駅を思い出す。印象深い発車メロディーはいいものだ。
 サロベツ2号の発車は10分ほど遅れた。私は耳を澄まして「♪蛍の光」を聴こうとしたが、「♪蛍の光」どころかベルもなく電子音もない。無音に見送られて列車はホームを離れ南へ向かった。

稚内へ (北海道旅行5日目)2017年06月15日

 網走湖荘の朝食はバイキングで、食堂は以下の写真。(この写真も網走湖荘のホームページから拝借)
 ウニはなかったが、イクラの醤油漬けがたっぷりあった(外国人ツーリストが多く、気味悪がって食べないようだった)から、私は喜んで朝からイクラ丼を食べる。さらに、中華コーナーでは麻婆豆腐があったので麻婆豆腐丼にする。そして、カレーもあったからカレーライスを締めに食べた。昨日の晩餐よりも楽しい食事だった。

 9時近くに網走湖荘を発って、レンタカーを返却すべく稚内へ向かった。稚内へは4度目になる私であるから、そういった感覚だった。雨は降っていないが曇って寒い。
 オホーツク海沿いに走る。かつて、網走からの鉄道路線がオホーツク海沿いにあった頃、紋別まで列車に乗って行ったことがある。1989年に車で走った頃は、既に廃線だった。車から降りてレールのない路線をネガフィルムのカメラで撮影した。→
 かつては、下図のように鉄道路線がたくさんあった。

 今は右の図のように、旭川から稚内までの路線しかない。

 オホーツク海が見えるところまで来ると、青空が出て晴れあがってきた。北海道で初めて太陽を見た。海は明るい薄緑の色を持っていた。
 紋別のセルフのガソリンスタンドで軽油を20リットル入れた。割引があって、1,924円だった。(レンタカーはマツダ・デミオのクリーンディーゼル)。

 オホーツク海沿いに鉄道路線があったころ、網走からの路線は雄武おおむ駅までだった。その雄武町に入ると、町と海を展望できるような高い建物があったから寄ってみた。それは、雄武の道の駅だった。
 さっそくエレベーターで展望所へ上がった。
 晴れあがって透明感のある眺めが広がっていた。雄武の町民、出身者は、オウム事件があった頃は、いろいろ嫌な思いをしただろうと思った。
 1階の売店で韃靼だったんそばを食べさせてくれる。私は食べたかったのだが妻が渋るので、韃靼コロッケを買って食べた。雄武町は韃靼を栽培しているのだ。結局、韃靼コロッケがこの日の昼食になった。
 韃靼コロッケを食べながら1階の展示物を見ていると、大きな油絵があった。
 私が2年ほど住んだアムステルダムの旧市街の風景だ。タイトルは「西教会のある運河」、アムステルダムの西教会はアンネ・フランクの隠れ家の隣にある教会である。画家は雄武町生れの小田切訓おだぎり さとし氏だ。
 筆のタッチがよく、いい絵だ。だが、鑑賞しているうちに違和感を感じた。絵に描かれた西教会の見えるあたりの運河にはマストのある船は入れない。跳ね橋、回転橋、横の扉が開く橋のないところで、マストが橋につっかえてしまう。にもかかわらず、高いマストの船が3隻も描かれている。稀にマストを外して橋を抜け、後でマストを取付けることもあるだろうが。
 構図として垂直の線が欲しかったのだろうと勘ぐる。芸術はその人のイメージの表現なのだから、ありのままでなくてもよい。だが、「西教会」と題する絵となると、この表現は私の気を削ぐ。
 北海道らしい風景だ。(浜頓別町を過ぎたあたりのクッチャロ湖付近のタンポポの群落)
 そして、午後2時25分、宗谷岬に到着した。網走湖荘から293Kmだった。
「日本の本土最北端の地」であって、かつ、「日本国政府の実効支配の及ぶ範囲内での最北端は、宗谷岬北西方にある弁天島(北緯45度31分35秒)であり、更に日本国政府が領有権を主張する範囲内での最北端は、択捉島のカモイワッカ岬(北緯45度33分28秒)である」なのだそうだ。
 岬らしくない岬だ。じゃあ、岬らしい岬はどこかというと、私としては襟裳岬だと思っている。
 宗谷岬から稚内市内へ向かう時に利尻島が見え、それは宗谷湾の海に写り、逆さ利尻富士となっていた。車を返却する前に、利尻島と礼文島の見える展望台へ行った。快晴の天気になっていたが、気温も急上昇し20℃を超えていた。ここではTシャツ姿になっていた。
 南稚内あたりのガソリンスタンドで満タン給油をして、稚内駅前のニッポンレンタカーで車を返却した。

 釧路から稚内までの全走行距離=737Km
 軽油=26.34リットル 2,697円
 燃費=1リットルで 27.98Km

 という結果だった。
 荷物をひっかついで、宿へ向かう途中、駅前が大変貌しているのに気付いた。日本の最北端の鉄道の駅が新しくなっていたのである。(これについては次回)
 前と同じで古いままの私の定宿である「稚内サンホテル」へチェックインする。稚内で初めて出来たホテルなのだ。歴史があるのだ。ツインルームは、11,400円。
 明日は稚内発午前6時36分の特急サロベツ2号に乗る。ホテルの朝食には間に合わないから弁当を作ってくれるかとフロントに聞くと、弁当は夏の時期は作らない、でも、朝食は夏場は5時30分からやっていますという。それはいい、じゃあ、朝食券を2枚ください、と券を買った。私よりも先にチェックインしていた女性客の二人組が、「えー、5時半から!」と驚いている。人にとっては深夜であろうが、私にとっての午前5時半は一日のうちで一番冴えわたっている時刻なのだ。

 午後6時過ぎ、北海道完走を祝い外に飲みに出た。今の時期は明るくなるのも早いが、白夜とはいえないものの、夜はいつまでも明るい。
 前回の稚内は2009年7月だった。羽田から直行便で着いて、夜は商店街の一つブロック先のE-ZAKAYA JINME(じんめ)という店で飲み、食事をした。若いご夫婦二人が新規開店したばかりで、ヤキトリ、料理がおいしく、礼文島の帰りにも寄って昼食を食べた。今回、この店に再訪したくて調べたところ、4年ほど前に閉店していた。残念である。
 それで今回は「たか」という居酒屋へ入った。今はなにを食べたか覚えていないが、気さくなご夫婦がやっていて、いい雰囲気だった。
北の桜守」という映画のロケ地になっているとかで、撮影隊歓迎の張紙が店の引き戸にあった。優待サービスって、飲み食い代が安くなるのかな?
 しばらくして、撮影隊のスタッフ一行と見られる男が入ってきて、主人に20名ぐらいの人数を告げて、入れるか? と聞いていた。が、無理だと主人は答えていた。その男は、再度、やってきたが、また断られた。(撮影は6月8日頃に行われたようだ)

網走湖荘 (北海道旅行4日目)2017年06月14日

 網走監獄博物館の近くの「網走湖荘」に宿をとった。
 私が初めて北海道を訪れた1969年に泊まったところだ。その頃、ここは金のない若者のための慈善事業としてユースホステルもやっていたのだ。相部屋だったが、私は1泊2食付き、550円で泊まっている。
 いつか、ちゃんとした料金で泊まってみたいと思いつつ、48年が経ち、きょうになってしまった。2食付きの宿泊料金は、14,300円だ。
 4階の湖に面した部屋は、畳を使えば6名が宿泊できる広さだった。
 ツインベッドの間にあるサイドテーブルには、6人分のロッカーがあった。こんなのを見たのは初めてだ。
 仲間うちで泊まっても、人間は信用ならんのだ。
 斜里のスーパー、ラルーズマートで281円で買った筋子を肴にウィスキーを飲み、東山魁夷の絵のような網走湖の眺めを楽しむ。

 ベランダの上部にツバメが巣を作っていて、何十羽ものツバメが飛び交っていた。右手は北見国道と石北本線が通っていてる。

 大浴場へ行ってみた。ここは近隣住民のための銭湯もやっているのだ。きょうは日曜日で天気が悪いからか大勢の入浴客がいた。囚人服のような赤いホテルのタオルを持って浴衣で入ったのは私だけだった。
 夕食は、以下のような網走なごみ膳(網走湖荘のホームページから拝借)にしていた。
 それが大きなテーブルに一斉に並ぶから、どこから手をつけていいのか分からなくなり、なにを食べたのか味がどうだったのか、散漫な印象になったのは残念だ。椅子席だといいのだが、座敷だったからなおさらだ。
 テーブルは卓球ができるほど大きく、お盆などがも、やたらに大きくて、前に座っている妻が遙か遠くにいるようだった。(この写真も網走湖荘のホームページから拝借)